スキップしてメイン コンテンツに移動

去る6月に Perl 5.32.0 がリリースされたので差分を把握するために perldelta を読んだ件

要旨

Perl 5 メジャーバージョンアップの季節がやって来たのでまともな Perl プログラマの嗜みとして perldelta を読んだ。

今回は有り体に言えばルーティン的なリリースで、言語コアの拡張は他言語にも見られる構文が実験的に入ったくらいで大きな変化はない。新機能は RegExp の拡充が主である。

比較的重要と思われる変更点を抜粋する。

新機能

isa 演算子

実験的機能。Python とか Java における isinstance とか instanceof

これまでも UNIVERSAL::isa があったが、これはメソッドなのでレシーバにオブジェクトでもクラスでもない値 (i.e., 未定義値 / bless されていないリファレンス) を置くと実行時エラーが起きるのが問題だった:

package Foo {
  use Moo;
}

package Bar {
  use Moo;
  extends 'Foo';
}

package Baz {
  use Moo;
}

use feature qw/say/;

sub do_something_with_foo_or_return_undef {
  my ($foo) = @_;

  # Returns safely if the argument isn't an expected instance, in mind.
  return unless $foo->isa('Foo');
  ...;
}

# OK.
do_something_with_foo(Bar->new);

# |undef| is expected in mind, but actually error will be thrown.
do_something_with_foo(undef);

これを避けるために今までは Scalar::Util::blessed を併用したりしていたわけだが、isa 演算子は左辺が何であっても意味のある値を返すのでよりシンプルになる:

# True
+(bless +{} => 'Foo') isa Foo;

# False
undef isa Foo;

# False
+{} isa Foo;

# False
+(bless +{} => 'Baz') isa Foo;

比較演算子の連結

Python のアレ。このために比較演算子の結合性が「連結 (chained)」に変更された。

my $x = rand(10);
say 0 <= $x < 5 ? '< 5' : '>= 5';
use Math::Round qw/nearest/;

sub PI() { 4 * atan2(1, 1) }

# Rounds to the second decimal place.
sub round($) { nearest(0.01, $_[0]) }

say round sin(0) == round cos(PI / 2) == round sin(PI) != round cos(PI)
  ? 'sin(0) = cos(π / 2) = sin(π) ≠ cos(π)'
  : 'You are in wrong universe.';

連言で繋いだ場合と比べて連結された中間の式の評価回数が一回減ることに注意が必要である; A <= B < C の式 B は一回しか評価されないのに対して、A <= B and B < C の場合は高々二回評価される。

my $x = 40;
say $x if 0 <= ++$x < 42;  # 41

my $y = 40;
say $y if 0 <= ++$y and ++$y < 42;  # Doesn't print.

副作用のある式を混ぜる方がどうかしているといえばそれまでだが。

Unicode Name プロパティ参照

\p{Name=...} で Unicode 文字を名前 (e.g., “LATIN CAPITAL LETTER A”)で参照できるようになった。これまでも \N があったが、主な違いは文字列補間が効くことと、名前に対して副パターンでマッチングできる (e.g., (qr!\p{Name=/LATIN CAPITAL LETTER [A-F]/}!)) ことである。

実験的機能の正式化

Perl 5.28 で実験的機能として導入された正規表現パターンがいくつか標準で警告なしに使えるようになった。

Script Run

ドメイン名スプーフィング (ラテン文字とキリル文字など見た目に区別しづらい字形の文字を混ぜて権威あるサイトに見せかける手法) を検出するのに有用な機能。 (*script_run:...) ないし (*sr:...) で囲んだパターンが同一の Unicode Script にある文字で成り立っていない場合バックトラックする。ただし日常的に複数の Script を使う東アジアのいくつかの言語の文字は少し特別扱いされる。

ラテン文字による別名

既存の拡張正規表現に説明的な別名を付ける試み。コア言語の特殊グローバル変数に対する English.pm のような関係だがこれは新しい構文と一緒に導入されたので特に宣言なく利用可能である。

Symbolic Alias(es)
(?=...) (*pla:...) / (*positive_lookahead:...)
(?!...) (*nla:...) / (*negative_lookahead:...)
(?<=...) (*plb:...) / (*positive_lookbehind:...)
(?<!...) (*nlb:...) / (*negative_lookbehind:...)
(?>...) (*atomic:...)

非互換な変更

字句的定数関数内の変更され得る字句的スコープ変数参照の違法化

Perl は 0 引数で暗黙に値を返す関数を定数としてインライン化するが、実はこの最適化は戻り値として字句的スコープ変数を参照するクロージャにも適用される。 一度インライン化された値は実行時に変更しても反映されないので、定数と認識されたクロージャは一般的なクロージャとは異なる挙動をすることになる:

my $x = 42;
# Constant.
my $K = sub () { $x };
# Closure; Avoiding optiomization by explicit |return|.
my $L = sub () { return $x };

say $K->() + 1;  # 43
say $L->() + 1;  # 43

$x = 0;
say $K->() + 1;  # 43 (!)
say $L->() + 1;  # 1

端的に言って最適化器のバグなのだが、Perl は意図した機能かそうでないかに関らず現実に用例がある挙動は変えないのが伝統であった。公式にこの方針が転換されたのは Perl 5.14 からで、実際に廃止予定 (deprecated) 機能の廃止ロードマップ (perldeprecation) が示されたのは Perl 5.26 からである。

この機能に関しては経過措置として Perl 5.22 から警告が出ていたが予定通り廃止された。今後はこのようなサブルーチンを定義することは単に違法であり、コンパイル時に致命的エラーとなる

なお変更され得ない字句的スコープ変数についてはこれまでどおり参照して良い。ライフサイクルを通して以下のような「変更され得る」操作を受けないのが条件である:

# Error.
$x = 0;

# Error; No matter even if the branch is never reached.
$x = 0 if 0;

# Error; Subroutines can take aliases of arguments so it can be altered.
proc($x);

また字句的スコープでない変数を参照している場合や、クロージャでないサブルーチン定義の場合はそもそもインライン化されないので関係がない:

my $x = 42;
our $y = 42;

# OK; |$y| is not a lexical variable.
my $K = sub () { $y };

# OK; Global subroutines referencing variables are not inlined.
sub L() { $x }

# OK; Ditto, even if lexical subroutines.
use feature qw/lexical_subs/;
my sub M() { $x }

その他

GitHub への移行

https://github.com/Perl/perl5 が Perl 5 のプライマリなリポジトリになった。開発も GitHub の Issues / PRs を使って行われるようになった。 ただし脆弱性の報告は相変わらず非公開のバグトラッカーとメーリングリスト (cf. perldoc perlsec) にて扱われる。

コメント

このブログの人気の投稿

Perl 7 より先に Perl 5.34 が出るぞという話

Perl 5 の次期バージョンとして一部後方互換でない変更 (主に間接オブジェクト記法の削除とベストプラクティスのデフォルトでの有効化) を含んだメジャーバージョンアップである Perl 7 がアナウンスされたのは昨年の 6 月 のことだったが、その前に Perl 5 の次期周期リリースである Perl 5.34 が 5 月にリリース予定 である。 現在開発版は Perl 5.33.8 がリリースされておりユーザから見える変更は凍結、4 月下旬の 5.33.9 で全コードが凍結され 5 月下旬に 5.34.0 としてリリース予定とのこと。 そういうわけで事前に新機能の予習をしておく。 8進数数値リテラルの新構文 見た瞬間「マジかよ」と口に出た。これまで Perl はプレフィクス 0 がついた数値リテラルを8進数と見做してきたが、プレフィクスに 0o (zero, small o) も使えるようになる。 もちろんこれは2進数リテラルの 0b や 16進数リテラルの 0x との一貫性のためである。リテラルと同じ解釈で文字列を数値に変換する組み込み関数 oct も` 新構文を解するようになる。 昨今無数の言語に取り入れられているリテラル記法ではあるが、この記法の問題は o (small o) と 0 (zero) の区別が難しいことで、より悪いことに大文字も合法である: 0O755 Try / Catch 構文 Perl 5 のリリース以来 30 年ほど待たれた実験的「新機能」である。 Perl 5 における例外処理が特別な構文でなかったのは予約語を増やさない配慮だったはずだが、TryCatch とか Try::Tiny のようなモジュールが氾濫して当初の意図が無意味になったというのもあるかも知れない。 use feature qw/ try / ; no warnings qw/ experimental::try / ; try { failable_operation(); } catch ( $e ) { recover_from_error( $e ); } Raku (former Perl 6) だと CATCH (大文字なことに注意) ブロックが自分の宣言されたスコープ内で投げられた例外を捕らえる...

(multi-)term-mode に dirtrack させる zsh の設定

TL;DR .zshrc に以下を書けば良い: # Enable dirtrack on (multi-)term-mode. if [[ " $TERM " = eterm * ]]; then chpwd() { printf '\032/%s\n' " $PWD " } fi 追記 (May 14, 2025): oh-my-zsh を使っていれば emacs プラグインが勝手にやってくれる: plugins = ( emacs ) 仔細 term-mode は Emacs 本体に付属する端末エミュレータである。基本的には Emacs 内でシェルを起動するために使うもので、古い shell-mode よりも端末に近い動きをするので便利なのだが、一つ問題がある。シェル内でディレクトリを移動しても Emacs バッファの PWD がそのままでは追従しない点だ。 こういう追従を Emacs では Directory Tracking (dirtrack) と呼んだりするが、 shell-mode や eshell ではデフォルトで提供しているのに term-mode だけそうではない。 要するにシェル内で cd してもバッファの PWD は開いた時点のもの (基本的には直前にアクティヴだったバッファの PWD を継承する) のままなので、移動したつもりで C-x C-f などをするとパスが違ってアレっとなることになる。 実は term-mode にも dirtrack 機能自体は存在しているのだが、これは シェルがディレクトリ移動を伴うコマンドを実行したときに特定のエスケープシーケンスを含んだ行を印字することで Emacs 側に通知するという仕組み になっている。 Emacs と同じく GNU プロジェクトの成果物である bash は Emacs 内での動作を検出すると自動的にこのような挙動を取るが、zsh は Emacs の事情なんか知ったことではないので手動で設定する必要がある。 まずもって「ディレクトリ移動のコマンドをフックする」必要がある訳だが、zsh の場合これは簡単で cd / pushd / popd のようなディレクトリ...

macOS で GUI 版 Emacs を使う設定

macOS であっても端末エミュレータ上で CLI 版 Emacs を使っているプログラマは多いと思うが、端末側に修飾キーを取られたり東アジア文字の文字幅判定が狂ってウィンドウ描画が崩れたりなどしてあまり良いことがない。 それなら GUI 版の Emacs.app を使った方がマウスも使える上に treemacs などはアイコンも表示されてリッチな UI になる。 しかし何事も完璧とはいかないもので、CLI だと問題なかったものが GUI だと面倒になることがある。その最大の原因はシェルの子プロセスではないという点である。つまり macOS の GUI アプリケーションは launchd が起動しその環境変数やワーキングディレクトリを引き継ぐので、ファイルを開こうとしたらホームディレクトリ ( ~/ ) でなくルートディレクトリ ( / ) を見に行くし、ホームディレクトリなり /opt/local なりに好き勝手にインストールしたツールを run-* 関数やら shell やら flycheck やらで実行しようとしてもパスが通っていない。 ワーキングディレクトリに関しては簡単な解決策があり、 default-directory という変数をホームディレクトリに設定すれば良い。ただし起動時にスプラッシュスクリーンを表示する設定の場合、このバッファのワーキングディレクトリは command-line-default-directory で設定されており、デフォルト値が解決される前に適用されてしまうので併せて明示的に初期化する必要がある: (setq default-directory "~/") (setq command-line-default-directory "~/") 次にパスの問題だが、まさにこの問題を解決するために exec-path-from-shell というパッケージがある。これを使うとユーザのシェル設定を推定し、ログインシェルとして起動した場合の環境変数 PATH と MANPATH を取得して Emacs 上で同じ値を setenv する、という処理をやってくれる。MELPA にあるので package-install するだけで使えるようになる。 このパッケージは GUI ...

開発環境の構築に asdf が便利なので anyenv から移行した

プロジェクト毎に異なるバージョンの言語処理系やツールを管理するために、pyenv や nodenv など *env の利用はほとんど必須となっている。 これらはほとんど一貫したコマンド体系を提供しており、同じ要領で様々な環境構築ができる非常に便利なソフトウェアだが、それを使うことで別の問題が出てくる: *env 自身の管理である。 無数の *env をインストールし、シェルを設定し、場合によりプラグインを導入し、アップデートに追従するのは非常に面倒な作業だ。 幸いなことにこれをワンストップで解決してくれるソリューションとして anyenv がある。これは各種 *env のパッケージマネージャというべきもので、一度 anyenv をインストールすれば複数の *env を簡単にインストールして利用できる。さらに anyenv-update プラグインを導入すればアップデートまでコマンド一発で完了する。素晴らしい。 そういうわけでもう長いこと anyenv を使ってきた。それで十分だった。 ——のだが、 ここにもう一つ、対抗馬となるツールがある。 asdf である。anyenv に対する asdf の優位性は大きく2つある: 一貫性と多様性だ。 一貫性 “Manage multiple runtime versions with a single CLI tool” という触れ込み通り、asdf は様々な言語やツールの管理について一貫したインタフェースを提供している。対して anyenv は *env をインストールするのみで、各 *env はそれぞれ個別のインタフェースを持っている。 基本的なコマンド体系は元祖である rbenv から大きく外れないにしても、例えば jenv のように単体で処理系を導入する機能を持たないものもある。それらの差異はユーザが把握し対応する必要がある。 多様性 asdf はプラグインシステムを持っている。というより asdf 本体はインタフェースを規定するだけで、環境構築の実務はすべてプラグイン任せである。 そのプラグインの数は本稿を書いている時点でおよそ 300 を数える。これは言語処理系ばかりでなく jq などのユーティリティや MySQL のようなミドルウェアも含むが、いずれにしても膨大なツールが asdf を使えば...